ここ(秋田)から世界へ-秋田ノーザンハピネッツ前田顕蔵ACインタビュー-

秋田ノーザンハピネッツ 前田顕蔵アシスタントコーチ
自分自身ではどこかで必ず優勝しないといけないコーチだと思うし、そうでないと面白くない

男子代表での肩書は通訳兼サポートコーチ

中国で行われる2019FIBAワールドカップへの出場権を手に入れた男子代表が帰国し、3月2日からBリーグが再開された。各地の試合で満員御礼となるなか代表選手たちに多くの祝福が送られた。秋田ノーザンハピネッツから選手は代表入りしてはいないが、通訳兼サポートコーチとして前田顕蔵アシスタントコーチが参加していた。

柔和な笑顔を見せる前田は男子代表の通訳兼サポートコーチになったいきさつをこう話した。
「8月下旬に協会から連絡がきて、代表にきてくれないか」と。
一次予選のWindow3までは伊藤拓摩(アルバルク東京テクニカルアドバイザー)が担当していたが、アメリカに行くことが決まり新たな人選をリストアップしていた。

「8月中旬にBリーグのヘッドコーチが集まり審判部とのミーティングがあり、そのあとで代表コーチのフリオ・ラマスから男子代表の方向性の話がありました。その場にペップ(秋田のヘッドコーチ、ジョゼップ・クラロス・カナルス)と自分が同席していました。ペップとラマスが元々知り合いとうこともあり、自分のことを紹介してくれた。そのことがどれだけ影響があったかわかりませんけど、それが呼ばれた経緯」であると。

「まずは1回やってみて試してほしいという話で、8月下旬のキャンプに参加しました」
また「ペップからは絶対に行きなさいと言われた。自分のためになるからと。クラブにとって苦しい状況であっても行くべきだ。社長もサポートし、ペップも背中を押してくれた」と二人への感謝を述べた。

参加してみての感想は「他のスタッフが協会専任の中、私だけがBリーグと掛け持ちで仕事量は多かった」と同時に「簡単に行くことができる場所では無いし、非常に重要な(Bリーグのシーズン前でもあり代表の二次予選)時期ではあったが光栄なこと」と重圧の中やりがいを感じたという。

「代表での役割はまずは通訳。個々ではアシスタントとして、この中で自分がどういう仕事ができるのかを把握していくことからスタートした」
たくさんのスタッフがいるとはいえ、仕事を作ろうとすればいくらでもできる状態だったという。
「どういう仕事があるのか。どこに手が回っていないのか。例えば映像分析の部分で手が回っていないのであれば提案したり、隙間を探して自分からどんどん仕事を増やしていった」

最初は「こいつ誰だ?」という状態だったと思いますと笑って話すが、「(一次予選が2勝4敗とタフな状況で)やりがいはあったし、秋田をアピールするチャンス」でもあると考えていたという。

ラマスとペップの違い


同じ時期に異なるヘッドコーチのもとで試合や練習をすることは稀(まれ)なことだ。二人の違いについて聞いてみると「スタイルが全く違うし、そもそも選手が違う」

「代表とクラブを比べたときに、代表は制限のある中で(練習などを)行う。クラブはほぼ毎日顔を合わせ時間をかけることができる」
と練習や日々の生活の違いもあり、また戦術的なスタイルでも「ペップはディフェンスからリズムをどんどん作っていく。代表もディフェンスは強調しますが、個々のタレントをどのように活かしながら戦うか。うまくまとめるマネージメント能力が大きい部分」と指摘する。

自身のコーチングスタイルはラマスとペップのどちらに近いと感じるかという問いには「ヘッドコーチから離れて4年経つ。自分はコミュニケーション取りながらコーチしていくスタイル。二人とは経験値が違い過ぎるので分からない。分からないが、二人からは物凄い刺激をもらっている。あの二人が私のコーチングに大きな影響を与えていることは間違いない」と話す。

協会専任ではなく秋田と掛け持ちしている前田に今の秋田から代表入りできる選手をたずねたが「まだ時間がかかる」と即答された。
「代表に参加する選手や対戦する相手を考えた時にもっと実力をつける必要がある。イラン戦でもあの歓声の中でシュートを決めきる力やメンタリティが今の秋田の選手には必要だ」

通訳をするニック・ファジーカス選手の加入についても「チームが変わったのは間違いない。彼自身がチームに『自信』をつけさせたいと言ってるし、パフォーマンスでも引っ張っていったことは確かだ」と分析する。

もう一度ヘッドコーチに。まずは勝てるコーチになること


異なる二人のヘッドコーチからの影響を受け、今後の夢として再びヘッドコーチになりたいかと聞いてみると、「この4シーズンはまだ学んでいる途中。どのチームにいても大変だと思うし、秋田という地方のクラブが強豪の多いカンファレンス(B1の東地区)で様々なことができるというのは自分にとってはプラスでしかないので非常に良い環境だ」と慌てずに目標を見据えている。

「高松ファイブアローズで4シーズンの間ヘッドコーチで指揮して力及ばずという部分があったので、もう一度ヘッドコーチに。まずは勝てるコーチになること。将来的には日本代表でヘッドコーチすること。その場所に呼んでもらえることができる実力と結果を出したい。過去に2勝50敗(bjリーグ 2011-12シーズン)という成績をうちたててしまったので」

その時はコーチ業に専念出来ないこともあったが、「今にしてみれば、もっと色んなことができたのではないかと思う。ニカ・ウィリアムスとも一緒でしたし、選手、関係者やブースターにも恩返しをしたい。自分が頑張ることで喜んでくれる人がいる」

経営破綻した高松ファイブアローズやBリーグ初年度に秋田がB2への降格する体験をしながらも、男子代表のスタッフに選ばれることに「特殊なケースだし、(自分自身がもっと)特殊なケースにならなければいけないと思う。私のことを昔から知っている人たちは非常に喜んでくれている」と大きく笑った。

Bリーグでも代表でも強い相手が多い中で勝てるコーチになることは簡単ではないが、「自分自身ではどこかで必ず優勝しないといけないコーチだと思う。そうでないと面白くない」と穏やかな笑顔の中に自信をのぞかせていた。

(文=定山 敬)