Euroleague観戦記その12
Coach Tommy 11月 20th, 2007
Raufと分かれた後、Arisのオフィスに戻りました。それまでに数人のArisファンと会うたびに話しかけられました。どうも新聞を見た人の反応がなかなか良かったらしく、一緒に記念写真を頼まれてしまう始末…。サインを求めてくる人までいました(笑)さすがにこれには困ってしまいました。
オフィスに戻ると、Leoが真剣な顔でパソコンに向かっていました。彼はすぐにチームのウェブサイトに今日の試合のことを更新しなくてはならないようです。通訳からこんな仕事まで本当に大変だと思いました。仕事が片付いたら、最後の夜だし軽く飲みに行こうと誘われて、仕事が終わるのを待ちました。明日は、アテネへ戻ります。待っている間、Theodoreがチームのオフィスを改めて案内してくれ、VIPルームにも連れて行ってくれました。そこは数々の歴史あるトロフィーが飾られていました。かつてのプレイヤーたちなのかもしれませんが、数人の中年男性たちが、そのVIPルームでお酒を飲んで盛り上がっていました。
Leoの仕事が終わったのは、日付が変わって12時半を回っていました。それでも、ギリシャの人々の夜は遅く、まだまだ街にはたくさんの人がいて、Barで飲んでいる人も多いです。小さなBarに入って、Leoともう一人のスタッフ(名前を忘れてしまいました)と一緒に、別れの乾杯をしました。Leoも今日一日だいぶ疲れていたようです。お酒が少し回り始めると、Leoはチームの事情や、Raufとコーチの関係など、いろんな裏話を聞かせてくれました。やはりプロフェッショナル同士ということで、多少の衝突はあったようです。LeoはRaufのことが大好きで、Raufが最後の試合でも17分しか出れなかったことに不満を抱いていたようでした。
ArisのコーチのMazzonの試合でのプレイヤーに起用方法はちょっと変わっていて、「その日調子のいいプレイヤーを使う」という考え方のようです。Raufの場合、たいてい第1ピリオド後半から出場し、1,2本のシュートを放ち、それが入れば少し多くのプレイタイムをもらい、入らなければそれでもう試合に出られない、こんなことが多くあったようで、その辺りがRaufとの確執であったようです。彼はNBA時代から、シュートを多く放つタイプのプレイヤーであり、シュートを打たなければRaufの良さは出ません。MazzonはそんなRaufのことを気に入っていないようで、来年の再契約はまずないだろうとのことでした。少し寂しい気がしますが、仕方ないことだと思います。厳しいビジネスの世界ですから。Rauf自身はテッサロニキとArisの人たちを気に入っているみたいなのですが。
Leoは本当にいろんなことを教えてくれました。Raufはかつて、スラムダンクコンテストに出場していましたが、現在はリングに手が届くのがやっとだそうです。しかし、彼はシューターだから大丈夫だと。38歳でも、十分に高いレベルでプレイできるように、かなりハードなトレーニングをこなしているそうです。
ちなみに、日本で島本さんから預かった質問「バスケットボールに対する自分の特別な才能に気がついたのはいつごろだったのか?」という質問をしておいてほしいとLeoにお願いしたところ、実はすでにLeoは聞いたことがあるみたいでした。Leoいわく、Raufは自分に特別な才能があるとは感じていないと。とにかく練習、練習、練習の積み重ねで全てを身につけてきたそうです。とにかく、Raufのプレイに対してのこだわりはすごいです。ある日の練習後、Raufは100本の3Ptsを打ち、96決めたそうです。4本しか外さなかった、とLeoは言いました。しかし、彼は4本外した自分に腹を立てると。自分への厳しさが普通ではないですよね。あれだけのシュート力は本当に信じられない量の練習によって成り立っているということを改めて思い知りました。
そして、Leoから提案がありました。「明日、Raufと一緒に食事に行く約束になっているから一緒に来ないか?」と。「え~~~~!」ですよね。かなりビックリです、はい。しかし、明日はアテネに戻って、DKVJoventut at Olympiakosの試合を観戦予定だったので、アテネに戻らなくてはならないと話すと、飛行機は空港に行けば変えられるはずと教えてくれました。さっき、僅かな時間とはいえ一緒に車に乗ったRaufと今度は食事です。なんとか飛行機を代えることができたらと思いました。
Barを出ると時間は2時を過ぎていました。Leoがホテルまで送ってくれ、15分くらいの道のりを2人でゆっくり話しながら帰りました。ギリシャの街に大切な友達ができて、とてもワクワクしました。うまくいけば明日もう一度Raufと会うことができます。ホテルに到着すると、なんと停電でホテルは真っ暗。フロントでろうそくを渡してもらい、今日の一日の奇跡を振り返りながらベッドに入りました。長い旅も明日が最終日。かなり疲れが溜まっているのが自分でも分かりました。それもそのはず、金銭的な都合もあり、食事はファーストフードがほとんど。サプリメントを日本から持ち込んではいましたが、さすがに限界が近づいているなと自分でも感じました。明日は朝10時半の飛行機なので、遅くても8時半には飛行機の変更の手続きをするために、空港に行かなくてはなりませんでした。
ベッドでぼーっとしていると、あっという間に朝を迎え、ホテルをチェックアウトして、バスで空港へ向かいました。空港についたのは、8時過ぎ。意外に簡単に飛行機を明日にずらすことができました。
飛行機を変更した後、Olympiakosのチームスタッフにメールをしました。実は、Panathinaikosの試合を見たときと同じように、Olympiakosの試合もチームのHPからメールをし、チケットを確保してもらっていたので、キャンセルのメールをしなければならなかったのでした。実は少し楽しみにしていた試合ではあったのですが、Raufとの食事にはかえられません。本当に親切にしてくれたOlympiakosのスタッフには申し訳ないですが、いつか試合を見に行きたいと思います。
空港でLeoに飛行機を変更することができた旨を伝えるために電話をしました。Leoは今日も、記者会見などを取り仕切ったり、ウェブサイトの英語版を作ったりかなり忙しいようで、夕方チームオフィスで会おうと待ち合わせをしました。かなり時間を潰すのが大変でしたが、4時過ぎにアリーナへ到着しました。
到着するとLeoはまだまだ仕事で忙しそうでしたが、6時過ぎには終わり一緒にRaufと食事することになっているレストランに向かいました。そこはなんとLeoのお父さんのレストランなのでした。お父さんはかつてお店にやってきた日本人の思い出を話してくれました。日本人をとても気に入っているらしく、やさしく接してくれました。そこはギリシャ料理のレストランで、ソーセージやチーズ、魚を焼いた料理などをたくさん出してくれました。8時を過ぎると、バンドによるギリシャ民謡のライブ演奏もあり、にぎやかになっていきました。Raufが到着するまでまだ時間がかかるようで、それまで昨日の夜に飲みに行った3人で、バスケットやいろんな話題で盛り上がりました。私も最終日ということもあり、一緒にワインを楽しみました。
9時を回ったころだったでしょうか。ついにRaufと友人のMarcが到着しました。Raufはジーンズにシャツというラフな格好で現れました。スポーツ選手は私服姿もカッコイイですね。なにげない格好なのにすごくオシャレな感じに見えます。Raufは私の斜め前に座ると、再会できたことをとても喜んでくれ、握手をしてくれました。Raufはお酒は飲まないのか、友人のMarcと共にスプライトを頼んで飲んでいました。MarcはRaufの親友でおそらく30歳前後の黒人です。この日は体調があまりよくなかったらしく、端っこでおとなしくしていました。少し恥ずかしがりやな感じの青年という感じです。
しばらくすると、いよいよたくさんの料理が出てきました。魚の料理が中心で、スパイシーな味付けのものが多いのですが、Raufはスパイシーなものが好きみたいで、喜んで食べていました。
とても驚いたのは、Raufは本当によく喋るということです。そこにいた5人の中では圧倒的におしゃべりだと思います。もちろん、今日は彼が主役だということもありますが。
とにかく彼は早口で、いろんなことを身振り手振りを加えたアクション付きで話すのですが、そのアクションまでもが彼のクロスオーバードリブルやクイックリリースのシュートのように、目にも止まらぬほどのスピードでした。忘れられない光景でした。
Raufとの話はArisのチームメイトの話から、NBA時代の話まで多岐に渡りました。興奮すると、みなすごいスピードの会話になるので、私は集中して聞き取るのが精一杯でしたが、その場にいるだけでも幸せで、その光景を味わって話に耳を傾けていました。
NBAでの話もたくさん聞くことができました。50点取ったときの話や、ジョーダンとのマッチアップなど、とても興味深かったです。さすがのRaufもあのジョーダンの前では普通にシュートは打てないと言っていました。ムトンボなどをスクリーナーに使い、ピックアンドロールを使い、しかもジョーダンは後ろから追いかけてくるので、前にジャンプしながらシュートするしかないと言っていました。やはりジョーダンは偉大なんですね。1996年2月に18連勝中(72勝したシーズン)のブルズをストップしたのが、Rauf率いるナゲッツでした。このとき、Raufは前半で22点、トータルで40点近く取ったと記憶していますが、そのほとんどはピックアンドロールからのシュートによるものでした。
しかし、Raufがマッチアップした中で、一番手ごわい選手はジョー・デュマースだそうです。身体の幅があり、とても接触に強く、簡単に抜けないと言っていました。ジョーダンにも、最も手ごわい相手といわれたデュマースはやはりどんなプレイヤーから見ても、最強の選手だったのだと思いました。そのほか、尊敬する偉大なプレイヤーには、マジックやバード、オラジュワンなどを挙げていました。やっぱり派手な選手がお好みのようですね。
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左からCastle、Mark(ラウーフの友人)、ラウーフ、Leo、Flecher
トゥーレット症候群についても少し話していました。彼が、試合中にもピクピクとチック症のように痙攣のような動きをしていることは有名ですが、最近はその発作(?)もあまりなくプレイしているように見えます。原因不明の病気で、思春期の発症し、大人になると軽減するとか。約1000人から2000人に一人の割合でかかる病気ですが、Raufはこの病気に苦しむ人たちの希望の星であり、オフシーズンは彼らのために講演活動などをしていたこともあります。彼は首を動かすチック症状について、バスケットではこの動きがフェイクになったとマジメに話していました。身体が自分の行く方向と逆に勝手に動いてしまうことで、相手の反応が遅れるそうです。おもしろいですよね。
さて、楽しいひとときもついに終わりがやってきました。2時間以上も話していたでしょうか。Raufとのお別れです。帰り際にジャパニーズファンに向けて、ということでムービーメッセージをいただきました。
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しっかりと握手し、「帰ったらメールを送ります」と私が言うと、「返信するからいつでも!」と明るく声をかけてくれました。そして友人のMarcと共に帰っていくのを、外までLeoと見送りました。
その後、さらにLeoとワインを飲みながら話をしていると、ついには2時を回っていました。今晩、私はホテルを取っていなかったので、空港に行って朝8時の飛行機を待つ予定でしたが、Leoがそれを心配してくれ、6時半までという短い時間ではありますが、レストランからすぐそばの彼の自宅で仮眠を取らせてくれました。本当に暖かく迎えてくれて感謝の気持ちでいっぱいでした。
朝7時ころ、テッサロニキの空港に到着し、8時10分の飛行機でまずはアテネへ。その後、アテネからミラノを経由し、成田に24日のお昼ころ到着しました。飛行機はトータル15時間近い旅でしたが、今回の旅で起きたいろいろな出来事を思いながら、Raufやその他の選手に会えたことなどが夢でなく現実だったんだなぁと、不思議な気分でした。本当に自分を幸運な人間だと思いました。
今回の旅で本当にいろいろなことを学びました。満足度からいったら100点満点の10倍くらいですね!とにかくいろいろな出会いに胸いっぱいです。
Raufをテレビで初めて見たのは、小学校6年生の終わりでした。それからは彼のビデオを擦り切れるまで見続け、マネをし、カードなど、彼に関するものをコレクションするようになり、一時引退という時期もありましたが、いつかどこかで話ができたらと思いながら生きてきて、25歳でその夢が叶いました。次は日本に招待したいと思っています。彼は日本でプレイすることもまんざらではないようです。オファーがあればですが。後、4,5年プレイしたいというのがRaufの希望です。
島本さんをはじめ、いろいろな方々の助けをなしに、ここまでの全てを成し遂げることなどとてもできなかったと思います。しかし、本当におぼろげなビジョンで旅を計画し、右も左もわからないヨーロッパを、一歩勇気を持って行動できた自分を褒めてあげたいと思います。来年もぜひArisのバスケットを見に行きたいと思います。
今回、体験したことを活かし、これからのバスケットの発展のために少しでも貢献できる自分になるよう、頑張っていきたいと思います。私の経験が少しでもお役に立てるのであればいつでも、協力させていただきたいと思っております。
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