連日、メディアを騒がせる世界最大のスポーツイベント、W杯サッカーが盛り上がっていますが、その南アフリカの地球の正反対で、とあるスポーツのゲームが大きな注目を集めながら進んでいます。
そう、NBAのフリーエージェント市場の動向という、非常に興味深いゲームです。
このオフはキングことレブロン・ジェームス、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュらに代表されるスーパースターが数多くFAとなるため、つまり彼らの意向ひとつで来るNBAシーズンの戦力図が大きく変化することから、日々の動向だけでなく、噂話ひとつも気になる日々が続いています。今回はその対象者があまりに多いので、こちらの一覧を御覧ください。
そして早速、アマレ・スタウダマイヤーがNYへ、カルロス・ブーザーがシカゴへと大物の移籍が発表されていますが、やはり気になるのが超大物レブロン。個人的にはクリーブランドに残留してほしいんですけどね~。
で、今回の動向で面白いのは、その渦中の選手達がtwitterで思い思いにtweetしてくれるので、ニュースだけでは伝わらない彼らの本音が聞こえてくること。
ここで私が気になったのがトロントのクリス・ボッシュ。NBAを代表するフォワードの一人ですが、そんな彼が今回のNBAファイナルをみながらつぶやいた言葉が印象的でした。
http://twitter.com/chrisbosh/status/15754765830
Man! This is tense! Nothing like a game that goes down to the last possession. This is why I love basketball!
(意訳:スゲェ。こりゃ強烈だわ。ゲーム最後の緊張感に勝る物は無いね!やっぱりバスケって最高だよな!)
彼個人としてのキャリアとしては素晴らしいものがあるものの、彼が今まで所属したトロントでは近い将来に優勝争いに絡む事はまず不可能で、間違いなく移籍するであろう彼は、やはり「勝利への執念、プレッシャー」というものに飢えているのです。これまでも十分なサラリーがあり、例え残留してもそれ以上の契約が保証されている彼にとっても、しかし、何より大切なことはNBAでの優勝という、まさに彼のプライドに訴えかける目標を追い求める事なのです。
そう、お金より大切なもの。彼らが求めるのはお金だけではありません(もちろん、大半の選手にとっては先ずはお金が問題なんですけどね・・・)。
FA市場では言うまでもなく、そのサラリーが大きな要因となるのですが、彼らがサインするのは、その数字の大小だけではなく、その契約がいかに彼らのブランドをアップする事ができるか?にかかっているのだと思います。
自分の力を最も評価してくれる・・・というだけでなく、最大限に自分の力を発揮する事ができて、そして、それによってチームの勝利に貢献できること。
なので、私はレブロンに残留してもらいたいし、そしていつかはクリーブランドを優勝に導いて欲しいのです。FAで作った即席優勝候補チームというのは、どうも味気ないですから。
※結局、レブロンはウェイドが残留、ボッシュが新加入したマイアミに移籍する事になりました。これまた魅力的なBig3が誕生したものです。
********************
選手のブランドを向上させること。それは、NBA選手に限らずプロ選手であれば常に念頭に置くべき大きな問題です。
その観点でbjリーグ新潟の動向を考えてみると、話はとても分かりやすくなります。
たとえば、FAで秋田に移籍した長谷川。彼には日本のバスケ界では屈指のブランド力を誇ります。学生時代の活躍。日本リーグでの鮮烈なデビュー。日本初のプロ選手であり、全日本選手としても活躍し、海外挑戦の経験もある。
そんな彼が2002年に新潟アルビレックスに入団したのは、実にシンプルな理由でした。当時の日本には、新潟しかプロチームが無かったのです。常に「プロであること」にこだわり続けた彼にとって、それこそが大事な要因でした。思い返すならば、新潟のキャリアでの序盤こそ「長谷川らしさ」を発揮してくれたものの、その後は怪我に悩まされ、本来の実力を発揮できない場面が目立ちました。しかしそれでも、ベンチの長谷川がウォームアップを脱いでコートに向かうと、「長谷川が出るぞ!きっと何かやってくれるはず!」という期待を最後まで抱かせてくれたのは、さすがとしか言いようがありません。
正直に言うならば、2002年から2010年までの実に8シーズンに渡り、よく新潟に残ってくれたと思います。チーム状況としては決して恵まれていた訳ではなく、彼にとっても不本意なシーズンが少なくなかったように思います。もしかしたら、何かのタイミングで他チームへ移籍したほうが、彼にとってベターな選択だったのかもしれません。
しかし本当に幸運だったのは、その長谷川が現役のうちに、彼の出身地である秋田に新チームが生まれたことです。彼が秋田であと何年プレーできるか分かりませんが、たとえ1シーズンでも、秋田の人々にとって「長谷川のプレーを見ることができる」というのは、ある意味お金に代え難いものがあると思うのです。これは確実に、彼のブランドをアップさせるはずです。地元秋田だからこそ、その効果は最大限に発揮される事になるでしょう。
新潟時代は苦労も多かったと思いますが、今回の秋田移籍に関してはその環境を取り巻く誰にとっても良い結果をもたらしてくれると思います。新潟での長谷川の努力に心から感謝したいし、同時に、これからにも大いに期待したいと思います。
そして何より思うのは、やはり「長谷川は長谷川である」という事です。長い新潟でのキャリアを以てしても、長谷川の枕詞は決して「新潟の長谷川」ではありませんでした。「長谷川誠」はどこに行っても「長谷川誠」なのです。
これって、凄い事だと思います。
********************
同様に、長谷川と同じくFAで沖縄に移籍することになった小菅についても、間違いなくそのブランドを向上させる事になるでしょう。
新潟にとっては文字通りの地元生え抜きの選手であり(新潟県柏崎市出身)、ここ数年はキャプテンとしてチームを引っ張ってきました。しかし、特に最近はプレーでその存在感を発揮する機会に恵まれず、このオフで6年間プレーしてきた新潟を自ら去る決断をしました。
何も分からず思い切りプレーするだけだったスーパーリーグでのルーキーシーズン。主力が去り、突然チームの顔としてプレーすることになったプレッシャー。キャプテンとして、文字通りチームを代表する選手となる重圧。
その全てが、他では得難い経験を彼に与えてきました。しかし、残念ながら新潟でその力を発揮するチャンスは与えられなかった。
そんな彼を必要としてくれたチームが琉球。新潟から最も遠いチームというのもまた何かを感じさせてくれます。琉球で重要な役割を果たしていたガードの菅原が去り、そして日本人エースの金城はリハビリあがりという事で、確かに、今の琉球ほど小菅の力を必要としているチームは他にありません。
小菅は、その登録身長、体重以上にフィジカルが強く、タフで、ディフェンスは堅く、「ボールを奪う」というセンスを持つ選手です。これは私の予想ですが、今季から導入される第2Qのオンザコート2ルールにおいて、多くのチームは3ガードとならざるを得ないはずです。それは、bjリーグには計算できる大型フォワードの絶対数が少ないからです。その中で、ガードとしては比較的サイズに恵まれ、シュート力もあり、ドライブもできる小菅は、攻守において琉球に大きな力を与えてくれるでしょう。またチームとしても、新潟で地道な練習にひたすら耐えてきたその姿勢は、間違いなく琉球という組織に好影響を与える事でしょう。
今の小菅は、まだ「元新潟の小菅」です。しかし、琉球ではこれを払拭するだけの活躍を期待したいと思います。
小菅にゴールドのユニフォームは似合いますよ、きっと。
********************
・・・と、ここまでがFA選手の話。FAの宣言をして、獲得してくれるチーム、つまり評価してくれるチームがあるのならば、それはもちろん選手にとってブランド力のアップに繋がる訳ですから、間違いなくストーリーラインとしてはポジティブなものです。
ポジティブな移籍と言えば、エクスパンションドラフトで秋田に指名された水町選手にも同じことが当てはまるでしょう。
2004年に、彼はJBL時代の新潟に挑戦すべくトライアウトにやって来ました。1年間、サテライトチームA2で修行を積んだ後、新たに開幕したbjリーグでは大分からドラフト指名され、ヒートデビルズのユニフォームを着て頑張ってきました。出身地の佐賀に近い大分でのプレーに彼自身としても期するものがあったと思いますが、残念ながら結果は出なかった。そして3シーズンが過ぎ、水町が「一からやり直したい」と再び扉を叩いたのが、新潟でした。
新潟でのこの2年間、かつてと同じ、いやそれ以上に努力を続けた水町。しかしチームにおいてその役割は極めて不安定な状態が続き、スタメンに名を連ねる事もあったとは言え、基本的には3番手、4番手のガードというポジションにいました。つまり、戦力的には大きなものを期待されていないという事です。結果を出してくれればラッキー。ミスをするより、その時間帯を堅実にプレーしてくれればいい。ベンチの奥に座る事になるのは、それがつまりチームの彼に対する評価という事です。
しかし、エクスパンションドラフトで彼を指名した新チーム秋田にとっては、その評価はまた違うものだったようです。
例え練習でも決して手を抜かないような選手は、どのチームも常に探しているものです。新潟-大分-新潟と、複数のコーチの指導を受けてきたことも、新天地での彼のプレーだけでなく、新たなチームメイト達にいい影響を与える事でしょう。
秋田で彼のポジションがどうなるかまだ分かりません。現実的には、ガードとして2番手、3番手となる可能性が高いはずです。つまり新潟時代に比べてもわずかなステップアップに過ぎないのですが、彼自身のモチベーションは、何倍にもアップしているはずです。なぜなら、チームからは確実に期待されているのですから。
水町は、「新潟の水町」でもないし、「大分の水町」でもありません。まだそこまでブランド力が無いのです。しかし、新潟や大分ではあり得なかった肩書きをもらうチャンスを、秋田というチームでは与えられた。彼のバスケットキャリアにおいて、いまが一番高い評価をされている時なのです。いつか彼が「秋田の水町」と呼ばれる日がやってくるのを楽しみにしています。いや、肩書きは何でもいいんですけどね(笑)。
後になって新潟が「なんであの時、水町をプロテクトしなかったんだ!」と言われるだけの選手になってもらいたいものです。
********************
さて、今回の話で避けて通れないのが竹野の話です。彼の場合は、金銭トレードで新潟を去る事になったので他の選手とは状況がかなり異なります。オフィシャルな話によれば、「チーム編成の方針から、やむを得ず放出した」という事になります。
竹野は福岡で天才プレーヤーとして知られていました。大池小時代のミニバス、名門百地中学、そして福岡大大濠と、いずれも全国レベルの活躍で「田臥2世」とさえ呼ばれ、地元福岡では人気選手でした。早くから海外指向が強く、それが理由で大東文化大へ進んでいます。
その大学4年時、アーリーチャレンジでプレーしたのがbj福岡。地元の人気選手とあって、福岡的には絶対に手放したくなかった人材でした。しかし、続くドラフトで新潟が彼を指名します。
その前のエクスパンションドラフトでチームの顔とも言える存在だった藤原を滋賀に指名された新潟としては、スタメンとして計算できるPGがどうしても必要でした。そこで指名したのが竹野。この指名には、竹野自身も驚いたと聞いています。チームの、そしてブースターの竹野に対する期待も大きかったはずですが、なぜ2年後に、彼を放出する事になったのでしょうか?
何より大きな要因となったのは、チームと、そして本人がそれを望む望まないに関わらず、竹野は「藤原の後継PG」になったという事です。そもそも藤原も、チームを去るつもりは無かったのにそうなってしまった。それは彼自身だけでなく、応援するブースターを多いに困惑させる事態に繋がってしまった。そこにやってきた竹野。彼には、既に選択肢が無かったのです。
竹野の過去のインタビューを読んでいただければ分かるとおり、彼は生粋のPGです。常にボールを持ち、チームを組み立て、ゲームをコントロールする。そして、ただ単にゲームを組み立てるだけでなく、自らも積極的に得点を奪うアグレッシブなスタイル。彼のシューズがいつもアイバーソンモデルであるように、目指すスタイルはNBAの超攻撃型PGであるアレン・アイバーソン。
しかし、新潟でそれが許されることは無かった。新潟では伝統的に、廣瀬HCの求めるPGとしてプレーすることが要求されてきました。それがボンバー平岡であり、藤原でした。廣瀬HCと竹野が、そして竹野のプレーが新潟というチームにどうもマッチしていないように感じられたのは、周知の事実だったと思います。
そして、チームを取り巻くブースターも自然と「過去の新潟的なPG像」を、竹野に求めてしまったのではないでしょうか。でも、ここで抜け落ちていた物があったはずです。
果たして、竹野はどんなバスケをしたいのか。現状のチームにどんな思いを抱いているのか。そもそも、竹野とはどんな人物なのか。
実はこのようなベースとなるべき非常に大切な部分をないがしろにしたまま、あっという間の2シーズンが過ぎてしまったような気がします。竹野自身にとっても、新潟にドラフトされてからの2年間は、振り回されるような日々だったのかもしれません。
********************
bjリーグでは熱心に応援する人をブースターと言います。サッカーではサポーターですが、大きくはファンという事になります。そのファンの語源は、”Fanatic”ですが、これは「熱狂的」などを意味するラテン語だと言われています。
そこで改めて考えるならば、スポーツに熱狂的なのは、実はプレイヤー自身なのです。だからこそ彼らは人生をかけてそのスポーツに全てを打ち込む。彼らを取り巻く賞賛や、そしてそのサラリーなどは、結果的に生まれるものにすぎません。
かつて、マイケル・ジョーダンは「コートの中だけは自由だ」と語りました。コートを出れば、常にメディアとファンに取り囲まれる。自分が行きたいときに好きなお店に行くことも、家族と出かけることもできない。メディアはそのスキャンダルを虎視眈々と狙い、車に乗れば、ファンが「私をひいて!」と車の前に横たわる。
しかし、コートの中だけは彼の思い通りになる。もちろん、そこにはバスケットというルールがある。でも、それは彼の愛するスポーツのルール。その中であれば、彼は自由にボールを操り、ボールを奪い、ネットを揺らし、ボールをリングにたたき込むことができる。コートの上だけが、彼にとって自由の場であり、そして、何より彼自身がバスケに熱狂する事ができた。
・・・それでは、果たして竹野は新潟のコートで、何を思いながらバスケットをしていたのでしょうか?全く知らないこの新潟という土地で、竹野はバスケットというスポーツにどのような思いを抱いていたのでしょうか?それは、竹野が望んだ状況だったのでしょうか?
杉本哲夫氏による著書「スポーツファンの社会学(世界思想社)」にはこのように書かれています。
「スポーツファンとは、スポーツにファナティックになれる人であり、スペクテイター(観戦者)とは違う。なぜなら、スペクテイターとはプレイヤーの対立概念であって、別にファナティックでなくてもいいのだ。(中略)何が言いたいのかというと、プレイヤーもスポーツファンであるということだ。いや、スポーツにファナティックになれるという点からすれば、プレイヤーこそが最も偉大なるスポーツファンではないだろうか。」
「彼らに共通するのは、スポーツという文化を追求する道楽人。つまり、スポーツを文化として楽しむ姿であり、メディアに踊らされて「楽しみました」とうそぶくのとは質的に異なる。むしろ、メディアとの距離を保つことによって、彼らの独自のスポーツの世界を形成しているのである。われわれは、そんな彼らのこだわりのプレーに感動しているのであって、苦労話や努力物語に拍手を送っているのではない。」
竹野に期待するのは、福岡では心からバスケットというスポーツを楽しんでもらいたいという事です。これに尽きます。もし彼が福岡でバスケを楽しめるならば、きっと、彼にとってもチームにとっても望まれる結果がもたらされることでしょう。
そしてそれは、結果的に彼自身のブランドを向上させる事に繋がるはずです。「福岡の竹野」というブランドが確立されるまで、恐らく、それほど時間はかからない事でしょう。
なぜなら、福岡の誰もがそれを望んでいるからです。









