特集・大神雄子選手Vol.2(全3回)

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特集・大神雄子

「東日本大震災」被災地復興支援活動を行うバスケ日本女子代表の大神雄子選手。
支援活動を始めた経緯、活動内容、その活動を契機にして起きた心情の変化。
そしてロンドン五輪出場にかける意気込み(全3回)
(取材・記事 西本匡吾)

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宮城県女川町に広がっていた光景は、大神の想像するそれを遥かに勝っていた。

「これは本当に日本なのかという感覚でした。海に沈んでいる家や、車が3台くらい突っ込んでいる家もありました。約2ヶ月経った今でもこんな状態なのかと。あとは、体育館の床が剥がれていたり、津波が来たから魚の死骸が陸にあがっていたり・・・考えられなかったです。でも、少し高台に行くと何事もなかったかのような普通の生活をしている人もいて。そのギャップにも衝撃を受けました」

大神は女川町にある避難所に訪問して、バスケットボール教室を行った。現在はJBL・トヨタ自動車アルバルクに所属する竹内公輔(当時=アイシンシーホース)、bjリーグ・仙台89ERSに所属する高橋憲一も加わり、3人での活動となった。WJBL、JBL、bjリーグと日本に存在する三つのバスケットボールリーグの選手で、何か行動することはできないか。今こそ一つになることはできないか。その提案から、異なるリーグの選手たちで行うことが実現した。また、竹内とは個人的な繋がりもあり、私的なメールの際にも「何か協力できたら」と言ってくれたという。

大神たちが開催したバスケットボール教室には、女川フィーバーエンジェルスという小学生のチームが参加している。このチームは3月に行わなわれる全国ミニバスケットボール大会の出場権を得ていた。しかし、震災の影響で大会は中止となってしまった。

「私も全国大会というのは目標の場所だったから、みんなの想いを考えたら凄く悲しかったですし、一生忘れられない思い出になってしまったと思います。自分たちが行くことで、心の傷を、一緒になってバスケットをプレーする楽しさに変えてあげられるんじゃないかと思いました。でも、みんなが笑顔で、本当に楽しそうにやっていたから、竹内公輔と2人で『逆に元気をもらったよね』という話をして帰ったのを覚えています」 

土地の情景は半ば瀕死ともいえる状態だったのかもしれない。
実際にその光景を見た大神は、復興には継続した支援活動が必要だと考え、7月11日からチャリティーグッズを販売している。収益は、被災地に寄付をする。

だが、その一方で、大神と共に時間を過ごした女川フィーバーエンジェルスの選手たちは、意外ともいえるくらいの元気を持っていたという。少なくとも、大神たちが訪問した際には、明日も明後日もこの時間をと切望したくなる気持ちが充満していたに違いない。

「大神選手、また来てね」

子供たちから言われた一言は、今も大神の心に残っている。
 
「今は、みんなをオリンピックに連れて行くという目標があります。まずはそこを一番に考えていきたい。だから、オリンピックの出場を決めて、また行けたらなって」

8月21日から長崎にてアジア選手権が行われる。この大会はロンドンオリンピックの予選を兼ねており、出場枠はアジアで1つしかないため、優勝が条件となる。2008年の北京オリンピックに出れなかった日本女子バスケットボール代表は、出場権を是が非でも獲得したい。
 
国内では日本で唯一の女子プロバスケットボール選手であり、2008年には日本で二人目のWNBA選手となった。現在も継続してWNBAに挑戦し続けている。3月11日の震災後は、自らの希望で被災地に足を運び、社会活動を行った。そして、日本代表ではキャプテンになり、また、今回のメンバーでは唯一の五輪経験者でもある。
ともすれば大神は、日本の女子バスケットボール界の多くを背負っているのかもしれない。
 
「自分が何かをすることが、日本のバスケットボールのためになると思っています。だから、自分で思ったことは常に発信していきたい。そして、それを行動で示すことで、『こういう行動もあるんだ』と思う人たちが増えれば、サッカー選手が欧州リーグに行くように、女子バスケットボールでもWNBAに挑戦する人が増えることに繋がっていく。とにかく、みんなが目標となる場所を自分が作ること、ですね」

バスケットボールコートを離れても積極的な活動を行うのは、「伝えていくという大事なこと」だからだと言う。

大神は8月のアジア大会に、女川フィーバーエンジェジェルスの選手を招待する。(続)

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大神雄子公式HP
第24回FIBA ASIA女子バスケットボール選手権 長崎/大村大会 公式HP